害虫大辞典 日本昆虫学会名誉会長 安富和男氏 監修
害虫辞典
アリの仲間(2)
微量の道しるべフェロモンで地球一週旅行の道しるべに
アリはフェロモンや防御物質を巧みに使いながら生活しています。アリが繁栄を極めている理由は他の昆虫類に比べて優れたフェロモンによる情報伝達法や、化学物質を使っての防
御法と攻撃法を進化の過程で獲得できたからです。しかし、これが人間の生活をおびやかすことにもつながっています。
道しるべフェロモンの分泌器官は腹部のデュフール腺、パバン腺(腹板腺)、毒腺などで、種類によって決まっています。クロクサアリ、クロヤマアリ、アズマオオズアリなどの道しるべフェロモンは揮発性が高いために長続きしません。しかし、グンタイアリやハキリアリの道しるべ活性は長期間続きます。特にハキリアリの場合、道しるべフェロモンの主成分4-メチルピロール-2-カルボン酸メチルは超微量で活性を示し、僅か0.33mlあれば地球一週旅行の道しるべ
になるそうです。
アリの仲間は警報フェロモンを使います。行列を作っている働きアリの1匹が敵から攻撃されると、警報フェロモンを出して仲間への危険信号とします。警報
フェロモンの分泌器官は腹部の肛門腺や口の大顎<おおあご>腺などであり、揮発性が高くて空気中をすばやく拡散するので仲間は逃げ去るという
しくみです。情報として使われた後はまもなく消えてしまいます。
異種のアリは勿論、同じ種類のアリでも巣が違うとよく喧嘩をします。その原因となるのは同じ巣の仲間かどうかを識別する認識フェロモンです。種類の違うアリは体表に存在する炭化水素の組成が異なります。同種のアリでは、炭化水素の種類は同じですが、その相対的比率、すなわち組成比がそれぞれの巣によって違っており、認識フェロモンとしての役割を果たしているのです。
痛みや腫れがハチにも劣らない毒針を持つアリも
アリは有害退治という有益な面を持つ昆虫ですが、一方では食料品の損失や刺咬の被害を受けます。オオズアリ、ヤマアリなどの仲間には咬みつかれると痛みを感じたり、赤く腫れる症状を起こす種類があります。また、ハリアリの仲間は腹端の毒針で激しく人を刺し、痛みや腫れはアリガタバチに劣りません。
アリの毒は防御物質であり、餌の昆虫を捕まえるときの攻撃用にも使われます。毒素の成分としてよく知られているのは蟻酸<ぎさん>ですが、ほかにヒスタミン、蛋白質、アルカロイド、テルペン類などを含む種類があります。蟻酸は腹部の毒腺に多く存在し、デュフール腺の毒素と混合して効力が増強されます。また、大顎腺にはテルペン類やアルカロイドが含まれ、警報フェロモンとしても役立っているようです。ハリアリ類の毒腺で生産される毒素はハチ毒に
よく似た蛋白性の成分が主です。
近年、日本で輸入貨物からアメリカ産のアリ(Black carpenter
ant)が発見されて問題になりました。このアリは著名な家屋害虫とされており、日本に定着すれば困ったことになるので今後警戒が必要です。