害虫大辞典 日本昆虫学会名誉会長 安富和男氏 監修
害虫辞典
益虫・害虫と不快害虫
立場により評価が逆転する害虫・益虫
人間生活は昆虫たちのくらしを変えてきました。農耕の進歩につれて自然環境が改変され、植物相<そう>の単純化により特定の昆虫が大発生する結果を招きました。また、一部の昆虫は人間の生活環境でふえて衛生上の被害が生ずるようになりました。これを「害虫化」と表現しています。
害虫はその加害対象によって農業害虫、森林害虫、家具建材の害虫、食品害虫、衣類害虫、衛星害虫などに分類されます。害虫による加害は食害や吸血のような直接害と、病原体を作物や人に移す間接害とがあり、ともに間接害の方が直接害を上回ります。
害虫・益虫という区分は人間がつくったものであるため、1つの虫で害虫・益虫の両方をあわせ持つ場合が起こります。例えば、モンシロチョウは幼虫のときアブラナ科植物の害虫、成虫になれば花粉を媒介する益虫です。また、益虫の旗頭のミツバチも人を刺すと害虫になります。人を刺すアリガタバチの仲間は建材や食品を加害するシバンムシの天敵(寄生蜂)という有益な虫でもあります。食品害虫のガイマイゴミムシダマシは大養鶏場の鶏糞に発生するとイエバエの発育を抑制する益虫になります。ブドウスカシバの幼虫はブドウの枝に穿孔加害する害虫ですが、釣りの餌(ブドウ虫)として高値で市販されています。釣具店の商
品には嫌われ者のウジ(ハエの幼虫)もあります。サシはヒツジキンバエの幼虫、ワカサギ用のラビットはチャバネトゲハネバエの幼虫です。さらに、衣類や乾燥食品、昆虫標本などの大敵ヒメマルカツオブシムシも、博物館で動物の骨格標本を作る時には骨以外を綺麗に食べてくれるので益虫として活躍しています。立場により害虫、益虫の評価が逆転する好例です。
都市化・近代化が新たに生み出す不快害虫たち
「不快害虫」あるいは「不快昆虫」という言葉は昭和40年頃に生まれた新語です。刺咬<しこう>や病原体の媒介などの実害はないが、感覚的な不快感を与える昆虫が不快害虫と定義されています。不快感は主観的なものであり、人によって感じ方が違います。
不快害虫の種類は時の流れにつれてふえ、防除対象としての比重が時代とともに大きくなってきました。虫に対する不快感は生まれ育った環境の影響も受けるようです。都市化が進んで自然と疎遠になるにつれて、実害のない自然の虫に出合った時でも不快と感ずる人が増加しています。秋の鳴く虫やセミの声は季節を
告げてくれる自然の音楽とされてきましたが、近年これを騒音(聴覚的不快感)として嫌う人がふえました。
不快感の内容を考えてみると、毛深いもの(ケムシ)脚が長いもの(カマドウマなど)、脚の数が多いもの(ゲジなど)、のっぺりした姿のもの(イモムシや
ウジ)が嫌われやすいようです。また、嫌悪感は個体数が多いほど強く、益虫のナミテントウも集団越冬で屋内に侵入すれば不快害虫にされます。